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私は生徒たちから幸せを学びます

哲学を学んでいた頃、私は大学講師になることを夢見ていました。幸福の概念、道徳、現代社会の人々について議論するのが大好きでした。哲学を教えるのは、高尚なことを語り、理念を持って生きる「贅沢な」仕事だと思っていました。しかし、卒業後、高校で公民教育を教えることになったのです。私は戸惑いました。

Báo Đồng NaiBáo Đồng Nai17/10/2025

正直なところ、当時の私は、この科目を哲学の簡略版だと考えていました。無味乾燥で分かりやすく、「善悪」がやや明確すぎるように。13歳や14歳の子供が、私が本で読んだような正義や幸福をどうして気にかけられるのだろう、と。しかし、長年の教師生活を通して、私は変わりました。

教室の後ろで静かに座っている生徒の目には、教科書では答えられない人生に関する疑問が山ほど浮かんでいることに気づきました。公民教育の授業は、単に法律や倫理基準を学ぶためだけでなく、生徒たちが自分自身を理解し、他者を理解し、そして幸せを見つける方法を学ぶ場でもあることに気づきました。

ある生徒が私に尋ねました。「先生、他人に良くされていなくても、正直に生きることで幸せになれるのでしょうか?」その質問に、私は長い間黙り込んでしまいました。私が教えているテーマは、カリキュラムの中だけでなく、若者の心の鼓動の一つ一つに深く根ざしていることに気づきました。幸福とは理論ではなく、感情なのです。

その日から、私は教え方を変えました。お年寄りに席を譲ること、校庭や教室のゴミを拾うこと、友達や弟に勇気を出して謝ることなど、小さな喜びを生徒たちに伝えました。幸せは道の終わりにあるのではなく、自分の心に耳を傾ける方法さえ知っていれば、一歩一歩の中に見つけられるのだということを、生徒たちに伝えました。

そして時々、授業中に生徒たちに静かに座ってもらい、数行書いてもらうこともあります。「今日、何が嬉しかった?」と。すると、その短い文章を見て、私は泣きたくなるのです。ある生徒はこう書いていました。「今日、私が皿洗いをしているのを見て、母が微笑んでくれたので、私は幸せです。」また別の生徒はこう書いていました。「宿題の提出が遅れても先生に叱られなかったから、私は幸せです。」…幸せとはこんなにもシンプルなものなのです。寛容な視線、許し、そして優しい褒め言葉の中にあるのです。

私自身も、自分の教科を改めて学び直し、耳を傾けること、愛すること、そして生徒たちと幸せに暮らす方法を学びました。公民教育とは、法規制や生活スキルを教えるだけでなく、人々の心に信仰と慈悲の種を蒔くことでもあると理解しています。そして、その種が光の中で花開くのを見ること以上に幸せなことはないのかもしれません。

何年も経ちましたが、今でも授業の後は校庭をゆっくりと歩く習慣があります。学校の鐘の音、生徒たちの笑い声、袖についたチョークの匂い… すべてが溶け合い、言葉では言い表せないほどの安らぎを感じます。幸せとは、日々の教えだけでなく、もっと大切なこと、生徒たちと日々築き上げていくものから生まれるのだと、私は理解しています。そして、私は微笑みます。なぜなら、結局のところ、幸せとは、私が今も心を込めて教え続けているテーマなのだと、私は知っているからです。

スアン・チョン

出典: https://baodongnai.com.vn/van-hoa/chao-nhe-yeu-thuong/202510/toi-hoc-hanh-phuc-tu-hoc-tro-minh-64a03af/


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